反射防止コーティングは、なぜ緑や紫に光るのか
干渉膜がつくる「残された色」の読み方
眼鏡をかけている人の顔を正面から見て、レンズがうっすら緑がかっていることに気づいたことはないだろうか。あるいは紫。ものによっては金色に近いこともある。あれはレンズに色を塗っているのではない。消し損ねた光の色である。
反射は「打ち消す」ことで減らす
何も処理していないガラスの表面は、当たった光のおよそ4%を反射する。両面で8%、レンズが二枚なら16%。それだけの光が目に届かないうえ、反射した光は像となって視界に紛れ込む。夜間の運転で対向車のライトが二重に見えるのは、たいていこれが原因だ。
反射防止コーティング(AR、Anti-Reflective)は、この反射を減らすために、レンズ表面に極めて薄い膜を何層も重ねる。厚みはナノメートル単位だ。原理は単純で、膜の表面で跳ね返った光と、膜の底で跳ね返った光を、山と谷がぶつかるようにずらして打ち消す。
打ち消しが成立する条件は膜の厚みと光の波長で決まる。厚みは固定だから、ある波長ではきれいに消え、別の波長では消え残る。
残った色が、膜の設計を語る
ここが面白いところで、レンズを覗いたときに見える色は、そのレンズがいちばん消せていない波長である。
- 緑に見える — 550nm 付近が消え残っている。人間の目がもっとも感度の高い帯域で、可視光の中央。標準的な設計。
- 紫・青紫に見える — 短波長側が残る。中央部の透過を優先した設計で、近年の高透過タイプに多い。
- 金・琥珀に見える — 長波長側が残る。やや古い世代の膜か、意図的な演色。
つまり反射色は好みで選ばれた飾りではなく、どの波長を優先して通したかという設計の署名だ。中古の枠を手に取ったとき、レンズの反射色を見れば、それが元のレンズなのか後から入れ替えられたものなのか、当たりがつくことがある。
会の記録では、レンズの反射色は「緑寄り」「紫寄り」ではなく、可能なかぎり角度を指定して記述することになっている。斜めから見れば色は動くからだ。
角度で色が変わる理由
膜を斜めから見ると、光が膜の中を通る距離が伸びる。実効的に膜が厚くなったのと同じことになり、打ち消しが成立する波長がずれる。だから正面では緑、45度では紫、といった変化が起きる。
この性質は観測の際にやや厄介で、記述するときは視線と面の角度を添えないと再現できない。当会の記録様式で角度欄が独立しているのはこのためである。
実務上の注意
- 傷に弱い — 膜は硬いがごく薄い。乾拭きは砂を紙やすりにする行為に近い。必ず水で流してから拭く。
- 熱に弱い — 膜と基材の膨張率が違うため、高温でひび(クラック)が入る。夏の車内は避ける。
- 皮脂が目立つ — 反射が減るぶん、汚れの散乱が相対的に目立つ。撥水層が上に載っているのはそのためだ。
まとめ
レンズが緑に光っているとき、それは「緑を反射している」のであって「緑を通している」のではない。見えている色は、通れなかった光の色である。
眼鏡を選ぶとき、私たちは何を通すかを選んでいる。その選択の痕跡が、レンズの表面に薄く残っている。